Society 5.0へ変化を続ける農業・農村
農業農村工学会誌の小特集「Society 5.0に向かう農業農村工学」に掲載された以下の論文にハイパーリンクを追加して公開します。
- 関勝寿:Society 5.0へ変化を続ける農業・農村, 農業農村工学会誌 88(5), pp. 7-10 (2020)
この論文の著作財産権は農業農村工学会に帰属し、学会誌の投稿要項に定められた許可に基づいて掲載しているものです。J-STAGEには数年後に公開される予定です。
I. はじめに
Society 5.0(超スマート社会)とは, 「狩猟社会」, 「農耕社会」, 「工業社会」, 「情報社会」に続く, 人類史上5番目の新しい社会として2016年に第5期科学技術基本計画で提唱された概念で, 「必要なもの・サービスを, 必要な人に, 必要な時に, 必要なだけ提供し, 社会の様々なニーズにきめ細かに対応でき, あらゆる人が質の高いサービスを受けられ, 年齢, 性別, 地域, 言語といった様々な違いを乗り越え, 活き活きと快適に暮らすことのできる社会」1)であり, そのような社会を実現するために, IoT, ビッグデータ, AI, ネットワーク, ロボット技術, センサ技術, ヒューマンインターフェース技術等の基盤技術を強化するとしている。それでは, なぜそのような基盤技術を強化することが「超スマート社会」を実現することにつながるのであろうか。さまざまな新しい技術が発展することで, 社会はどのように変化するのであろうか。
Wired誌の創刊編集長であるケヴィン・ケリーは「The Inevitable」2),3)という著書の中で, 1980年代にインターネットが始まってから現在まで, そしてこれからも続いていく12の技術の力(12 technological forces)があるとして, それをBecomingというような動詞の現在進行形として表現した。現在進行形としているのは, プロセスとして常に動いていることを示していて, 逃れられない大きな力であるが故に不可避(inevitable)であるとしている。また, 12の力は相互依存しながら互いを加速させていくものであるとしている。私は1997年に大学のパソコン(PC)にLinuxをインストールして研究室のウェブサーバとメールサーバを管理していた頃から, 常に新しい技術に興味を持って追いかけ, 時代の変化を感じてきた。その経験から, 12の技術の力という考え方には共感するところが多くあった。
本報では, 12の技術の力によって引き起こされる農業・農村の今後の変化を展望する。Society 5.0に向けての研究や行政の取組みは本小特集の他の報文で解説されるため, 本報では社会全体の流れを概観する。
II. 12の技術の力
1. Becoming - なる
PCもスマホも, 常にOSやアプリが新しいバージョンにアップグレードされる。アップグレードの連続によって, 購入したときから少しずつ変化を続けている。そのために, 使い慣れたソフトウェアの操作性が変わって困ることもあるが, 常に変わり続けることが技術の本質であり, すなわち常に新しいものになり続けることであるから, ケリーはBecomingと表現した。日々少しずつ変化をしながら, 10年単位で見れば大きな変化が生じる。30年前に今の技術を予想できなかったように, 30年後の技術がどのようなものであるかを具体的に予想することはできないが, その元となる核の技術は, 今すでにある。
2. Cognifying - 認知化する
多層の人工ニューラルネットワーク(ANN)による機械学習手法であるディープラーニングによって, 人工知能(AI)の性能が近年急激に向上している。人間が五感を通して脳に入力されるデータに対して, それがどのような特徴をもつかを認知するように, コンピュータが入力されたデータを認知することを目指しているため, 人工知能と呼ばれる。
ボードゲーム, 翻訳, 広告, 株取引, コールセンター, 医療, 看護, 介護, 教育, 建設, 農業, 防犯, 自動運転など多くの分野にAIが活用されている。AIの認知の仕組みは人間とは異なり, 従来から人間よりも能力が高い分野もあるが, 人間の認知能力には及ばないと考えられていたさまざまな分野において, 近年のAIによる認知能力の向上はめざましい。
このような認知能力の向上を可能とした原因は, コンピュータの計算速度の向上, GPUによる安価な並列計算(ANNの計算は行列計算であるため並列計算で高速化しやすい), アルゴリズムの改良, といった技術的な進歩とともに, 学習のためのデータが大量に用意できるようになったということが大きい。いわゆるビッグデータである。すなわち, 大量の入力と正解のパターンを適切なANNモデルによって適切なアルゴリズムで学習させることで, さまざまな入力に対して精度良く正解を答えられる(認知できる)ANNが構築される。
AIの精度が向上するためには, 大量の学習データが必要である。そのためには, 多くの人が利用することが重要である。システムを使えば使うほど学習データが増えて, 精度が向上する。
ロボットは人間を単純作業から解放してきた。ロボットに搭載されるAIの認知能力が向上することで, ロボットが遂行できる業務は拡大している。たとえば, アマゾンの倉庫では注文された商品をロボットが探して仕分けし, トラックに積み込んでいる。農業・畜産の分野では, 収穫, 仕分け, 除草, 搾乳でロボットが実用化されている。自動運転のトラクタや田植機, コンバインも実現されている。ドローンで空撮した画像から害虫被害を検知してピンポイントで農薬を散布する技術も開発されている4)。今後, 農作業をするのは次第に人間からロボットに置き換わっていくことは間違いないであろう。
ケリーはロボットが進歩した未来の農家について,「あなたが人口の0.1%にあたる農家だったとしよう。直販を行なう小さな有機農法の農園を経営している。農家の仕事はあっても, 実際の農作業はほとんどロボットがやってくれる。ワークボットの一団が暑い日差しの下で, 土に刺さったスマートなセンサーのネットワークから集めた情報に従って, 除草したり病害虫駆除したり収穫したりというほとんどの仕事をこなしてくれる。あなたの農家としての新しい仕事は, 農場のシステム全体を監視することだ。ある日のあなたの仕事は, さまざまなエアルームトマトのどれを植えるかを研究したり, 顧客が何を食べたがっているかを探ったり, 一人ひとりに向けた個別の商品ラベルの情報を最新のものにしたりという仕事かもしれない。それ以外の, 測定可能な仕事はすべてロボットがやってくれる。」(pp.78〜79)2)と描写している。
このように, AIとロボットによって農業における働き方が変わってくるであろう。都市で生活をしながら住居から遠く離れた農地を管理したり, 農業法人が大きな面積の農地をまとめて管理したりするといった流れもあり得る。それに伴って農村の姿も変わる。
3. Flowing - 流れる
文書, 音楽, 写真, 動画, あらゆるコンテンツはデジタルとなり, 簡単にコピーできるようになった。コピーできるものは無料でコピーされ, 人から人へと流れていく。
そして, あらゆるコンテンツがインターネットからアクセスされるようになった。情報はフォルダで階層的に整理されていたものであるが, URLによってページ単位でアクセスされるようになり, そしてタグ(キーワード)によって整理され, 見つけられるようになった。さらには, 固定されたファイルをダウンロードするという形式から, ストリーミングによって音楽や動画がリアルタイムに配信されるようになり, コンテンツは流れている。
4. Screening - 画面で読む
紙に印刷された書物を読む Reading から, 画面で読む Screening への変化が続いている。過去に, テレビの登場によって読書の時間が削られ, それによって読み書きの能力が低下するのではという懸念もあったが, ネットの普及とタブレットやスマホの登場によって, 文字を読み書きする時間は昔よりも増えた。今後はスクリーンがどんどん薄く安くなり, いたるところにスクリーンがつけられるであろう。
5. Accessing - アクセスする
ものを所有することから, 必要なときにだけアクセスして利用するという方式へと変化が続いている。
ファイルはPCに保存していたものが, クラウドに保存してネットでアクセスするようになっている。PCのハードディスクが壊れて, 何日もかけて書いた文書が失われてしまった, という経験はないだろうか。私は, ネットを経由して他のPCにバックアップしていたところ, 作業PCとバックアップPCのハードディスクが同じ日に壊れる, という経験をしている。その確率と比べると, グーグル, アップル, アマゾンなどの超大手企業が提供するクラウドに保存したファイルが失われる確率はきわめて低い。データは高度に冗長化され, 一部のハードウェアが破壊されても自動的にファイルが復旧されるためである。
クラウドはファイル保存用途だけでなく, さまざまなソフトウェアがクラウドで実行される。AIエンジンもクラウドで提供され, 並列計算の威力の恩恵を受けることができる。さまざまなウェブサービスは, アマゾンのクラウドを使って構築されている。クラウドの使用量と通信量に応じて課金されるので, アクセスが急激に伸びても柔軟に対応できる(スケーラビリティがある)というメリットがある。
所有からアクセスへという流れは, デジタルの世界だけではなく, ものの世界にも広がっている。たとえば自動車を所有せずに, 必要なときにタクシー, レンタカー, カーシェアリングを利用する。自動車配車サービスのウーバーは, 一般人が空き時間に自家用車を使って他人を運ぶことが可能なサービスであり, 2009年にアメリカで設立されてから, 日本では2015年に「白タク行為に当たる」として行政指導が入ったものの, 今では世界中の都市で運営されている。ウーバーのように, 利用者の要求に応じてサービスを提供するオンデマンドのサービスは増えている。冒頭で引用したSociety 5.0の「必要なもの・サービスを, 必要な人に, 必要な時に, 必要なだけ提供し」1)は, オンデマンドによって実現される。
契約期間のみ利用料金を支払うサブスクリプション方式は, オンデマンドのサービスに相性が良くさまざまな分野に広がり, 食品業界にも広がりはじめている。また, 農家によるネット販売も広がっている。
ドローンで撮影した野菜や果実の写真に, 個別に値札, サイズ, その農場や作物の情報のタグが自動的につき, ネットで注文するとその日のうちに(あるいは指定した日に)収穫して配送される, というオンデマンド収穫も将来実現するかもしれない。
農作業もオンデマンドサービス化されていくであろう。当初は農業機械と作業する人間の労働力がセットでサービス化され, やがては人間の労働力がロボットに置き換わっていく。オンデマンド化された農作業はパッケージ化される。AIが提案する最適化された農作業計画に従ってもよければ, そこに自分なりのアレンジをしてもよく, 素人でも簡単に農業を始めることができる。農場もレンタルなので, いつでも農業をやめることができる。
6. Sharing - 共有する
フェイスブック, ツイッター, インスタグラム, ユーチューブ, ウィキペディアのようなサービスを使って, 世界中の人々がさまざまな情報をインターネットにシェア(共有)している。報酬を目的とするユーチューバーもいるが, 多くの人は無償でシェアして, 友達とのコミュニケーション, 見知らぬ人からの「いいね」のような反応などを楽しむ。情報がシェアされることによって人々はタグをつけ, ブックマークで整理することで付加情報が生まれ, そのように情報が「流れる」ことによって変化を続ける。
ウィキペディアの情報は, 適切にクレジットを表示すれば自由に共有・複製・改変ができるクリエイティブ・コモンズ・ライセンスとなっている。情報が流れるためには, ライセンスも重要である。
シェアには, 共有するという意味だけではなく分担して共同作業するという意味もある。世界中の誰でも書き込めるウィキという編集システムによる共同作業によってウィキペディアが編纂され, 世界中の多くの優秀なプログラマによる共同作業によって多数の高品質なオープンソースソフトウェアが生み出されている。
7. Filtering - 選別する
人々はあらゆる情報を共有するようになり, 共有される情報量は爆発的に増え続ける。大量の情報の中から, AIにより自分がそのときに必要な情報が効率的に選び出される。個人の嗜好やニーズに最適化された情報が選別されてカスタマイズされたサービスを受けることができるようになり, Society 5.0の「社会の様々なニーズにきめ細かに対応でき, あらゆる人が質の高いサービスを受けられ, 年齢, 性別, 地域, 言語といった様々な違いを乗り越え」1)という状態になることが期待される。
ウェアラブルデバイスに埋め込まれたセンサによって測定される健康情報は, より詳細になっていくであろう。自宅または店舗や弁当工場で料理ロボットが調理するときには, 健康情報と組み合わせることにより, 血圧が上昇しているから塩分が少ない料理とする, といったように料理AIがその人向けの献立を選ぶ。AIは日々その人の好みを学習する。献立のすべてをAIに任せたいと考えるか, ある程度は自分で選ぶことを楽しみとするか, それもまた個人の嗜好であるから, AIは学習して適切な頻度で献立を確認するようになる。たとえば1週間分の献立計画が表示され, 承認すれば必要な材料を手配する。このシステムが軌道に乗り多くの人が使うようになれば, AIにより注文量を予測することができ, 農作物の栽培・収穫計画AIにもフィードバックできるであろう。食料の一次生産から最終消費までの流れをフードチェーンといい, Society 5.0の実現に向けてスマート・フードチェーンシステムを構築するための取組みがなされている。
8. Remixing - 再編成する
すでにあるものをリミックス(再編成)することで, 新たな価値が生まれる。シェアされた文章, 画像, 音楽, 動画がリミックスされることで新しいコンテンツが生まれ, そのコンテンツもまた新たなコンテンツを生み出す元となる。自由に複製・再編成できないコンテンツの価値は下がり, 利用されなくなっていく。
9. Interacting - 相互作用する
人間と機械との間のヒューマンインターフェースは進化し, より自然に相互作用することとなる。
バーチャル・リアリティ(VR)によって画面で見るScreeningよりも現実的な感覚で映像を見ることができる。現在実用化されているVRでは, 視覚と聴覚によってサイバー空間を現実世界として知覚させる。触覚, 味覚, 嗅覚のVRも研究開発がされている。目の動きを読み取り, さらには表情を読み取って反応するような相互作用するVRデバイスも開発されている。
現実世界に直接バーチャルな情報を提示する技術を拡張現実(AR)という。ARの技術が進めば, 店頭に並んでいる商品の情報が直接ARでバーチャルに表示されて, その情報を見ながら買い物ができるようになるとケリーは予想している。
機械に情報を伝える手段は, キーボード, マウス, タッチパネル, 音声によって伝える方法だけではなく, 新しい手法がいろいろと開発されている。ウェアラブルデバイスは時計だけではなく, シャツにセンサを埋め込むウェアラブルシャツも開発されている。相互作用が容易になることで活発化し, ますますデータが増加する。
10. Tracking - 追跡する
モノのインターネット(IoT)によって, あらゆるモノにセンサが取り付けられ, 測定されてクラウドに記録され, 追跡される。AIは私のあらゆる情報を追跡することで, 私が必要な情報を適切に選別することができる。公的な記録はすべて破棄されずに永久保存される。記録の総量は増え続け, それが学習データとなり, その中からAIが意味を抽出し続ける。
犯罪捜査は犯人の足取りを追うことが容易になる一方で, デジタルデータの改竄技術は発達し, 犯罪の証拠動画が偽造されて犯人に仕立てられるかもしれない。記録の真正性を担保する技術は重要である。
農場につけられたさまざまなセンサと正確な気象予測により, 収穫量, 品質, 環境負荷を最適化する農作業計画がAIによって決定されるであろう。
11. Questioning - 質問する
質問に対する答えは簡単に得られるようになる。世界中の人々による多くの質問に対して回答を出すことにより, 機械は学習し, より確実な答えが得られる範囲が広がる。その結果, 容易に得られる答えの市場価値は低下し, すぐには答えが得られない「良い質問」が新たな価値を生み出す原動力となる。
12. Beginning - 始まる
本報で展望したような技術の力による変化は1世紀にも及ぶプロセスであり, 21世紀はその変化が始まる(Beginning)時代である。これから何千年後かには, 21世紀が驚くべき変化が始まった時代として振り返られるであろうとケリーは想像している。
III. おわりに
ケリーが提唱した12の技術の力という考え方を, 農業・農村の変化に着目しながら再編成した。先進的な技術が社会に受け入れられて普及するまでには時間がかかる。本報では, すでに普及している技術, これから普及する技術, 研究開発が進められている技術, 将来的に実現すると期待している技術を織り交ぜて書いたが, いつまでに何がどのような形で実現し, 普及するかは分からない。少しずつ変化を続けている大きな流れを展望したものである。
技術の進歩は良い面だけではない。クラウドを管理する組織に権限が集中する恐さ, AIの思考過程が人間には理解できないときにも, その判断に従わざるを得なくなることへの不安などがある。技術を犯罪に利用する人たちにどう対抗するか, 追跡されない自由をどう担保するか, データに内在する差別や偏見が学習によって固定化されないか, ロボットやAIに仕事を奪われた人間の新しい生活の糧を得る手段は何か, といったようにさまざまな疑問に答え続けなければならない。
Society 5.0の理想である「活き活きと快適に暮らすことのできる社会」1)は, 技術の進歩だけでは達成しない。良い方向に向かうためには, 常に良い質問をし続けること(Questioning)が最も重要である。
引用文献
- 1) 内閣府:科学技術基本計画, p.11(2016), https://www8.cao.go.jp/cstp/kihonkeikaku/5honbun.pdf (参照 2020年2月25日)
- 2) ケヴィン・ケリー: 〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則(服部桂 訳), NHK出版 (2016)
- 3) Kelly, K.:The Inevitable: Understanding the 12 Technological Forces That Will Shape Our Future Viking (2016)
- 4) 休坂健志:ドローン+AI を活用したピンポイント農薬散布テクノロジー, 2019年度農業農村工学会大会講演会講演要旨集 pp.98〜99 (2019)